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JAPANブランド

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JAPANブランドとは?

日本各地の歴史や文化に育まれてきた素晴らしい素材や伝統的な技術を生かして、現代の生活や世界の市場で通用するブランドを確立しようとする取り組みです。中小企業庁日本商工会議所全国商工会連合会が中心に連携をとりながらも、地域の中小企業、職人、デザイナーなど数多くの専門家たちが同JAPANブランド(ジャパンブランド)プロジェクトに参加しています。「PingMagMAKE(ピンマグ・メイク)」は、「CasaBrutus(カーサブルータス)」とともに、JAPANブランドと恊働する公式メディアとして、各地のプロジェクトを紹介していきます。

同プロジェクトの各地参加者の生の声

yamagatakobo misawa三澤栄治さん
山形県JAPANブランド実行委員会事務局


元々、2003年に設立された、奥山清行さんと県内地場企業による山形カロッツェリア研究会というものがありました。そこにJAPANブランドの話が持ち上がり、参加させてもらうことになったのが最初のきっかけです。商工会議所として心掛けたのは、奥山さんというコンセプターがいて、指揮を取ってくれていたので、「出しゃばらない」ということでした。極力、出しゃばらずに側面、背面からバックアップをするということを意識して取り組んだのです。同プロジェクトを通じて、苦労という苦労はほとんどなかったように思います。逆に、勉強になったことは、奥山さんの要求に応える形で、地元の技術者が切磋琢磨する様子は凄いなぁと感心しました。お陰で参加企業の技術者のレベルは、かなりアップしたように思います。同プロジェクトの成果としては、フランス・国際インテリア見本市『メゾン・エ・オブジェ』へ出展(2006年~2008年)、イタリア・『ミラノ・サローネ国際家具見本市』へ出展(2008年4月)、そして、販売支援を行う法人・山形工房販売の設立(2007年2月)、ビジネスモデル構築に向けた法人・山形カロッツェリア推進機構を設立(2007年9月)が挙げられます。そして、何と言っても現時点で80品目以上のバリエーションの製品が生み出されたことは何よりもの成果だと思います。今後も、山形県の優れた資源と職人技術を結集し、商品企画から製造販売まで、地域一体となって推進するカロッツェリア型ものづくりを、新しい視点から探求していきたいです。そして、世界に通用する山形ブランド商品を発信し続けていきたいと思っています。

記事 その1
女達の織る絨毯:オリエンタルカーペット

記事 その2
進化しゆく、古くて新しい鋳物:菊池保寿堂




yamagatakobo misawa太田明さん
加茂商工会議所副会頭



220年という歴史を持つ桐箪笥は、長く続いてきた畳文化の中で様式がほぼ固まっています。ところが日本人の生活スタイルが和から洋に変わり、「新築住居に畳の部屋がない」「桐箪笥を置くスペースがない」「そもそも和服を着ない」といったことが理由で、桐箪笥を置く機会がどんどん減っている。現在、加茂には約40社の桐箪笥メーカーがありますが、明らかに規模は縮小しています。職人は高齢化し、このままいくと技術をもった職人が途絶えてしまうでしょう。
そこでJAPANブランド事業では、フローリングや絨毯のスペースにも置ける桐箪笥を作ろうと、デザイナーの岩倉榮利さんにお願いして新しくデザインしてもらいました。洋室に合わせて脚をつけるなど、マンションにおいてもおかしくないものになりました。ただし、技術や素材は伝統手法を守り、塗装も昔ながらに砥の粉を使っています。
現在、JAPANブランド事業では、桐箪笥が4社、屏風が1社、建具が2社の合計7社が協力して「KAMO」という一つのブランドを推進しています。もちろんブランドが数年で簡単にできるはずがないということは、百も承知です。しかし皆で「ブランドとは一体何か」ということから考え、試行錯誤しながら進めてきて、ようやく考え方が一本にまとまりつつあります。最終的には法人化を目指したいと考えています。 私たちがJAPANブランド事業に取り組む目的は、商品が売れることも重要ですが、それ以上に従来の伝統的な家具を作っていた職人に新風を吹き込みたい。実際、4年間続けているうちに、産地全体として“洋物”にも挑戦してみようという動きがあちこちで生まれてきたのは喜ばしいことです。

記事 その1
桐箪笥の本質を守りながら:小倉タンス店




yamagatakobo misawa湯澤英範さん
飯田市鼎商工会事務局長



飯田市鼎商工会では、2004年(平成16年)より「飯田結び(Iida Musubi)」と題したJAPANブランド事業を展開しています。4年目となる2008年度は国の補助を受けていませんが、自力で継続しています。これまでにアメリカ・ロサンゼルスやフランス・パリなど海外での展示会をはじめ、国内でも様々なワークショップや展覧会に出展し、飯田の水引の伝統と文化を多くの人に伝える努力を重ねてきました。 初年度は飯田市内の水引企業20社あまりで参加しました。1年で事業を完結して、ある程度の成果を報告する必要があったため、試作品作りや海外出展に忙しく、落ち着いて何かに打ち込める状況ではありませんでした。特に海外への出展に際しては、表現や説明の仕方をどうするか、日本的な水引かそれとも洋風なものを作った方がよいのかなど、はじめは本当に戸惑いました。しかし、一度は海外に出たことで、水引が世界でどんな評価を得ているかを肌で感じ、それが大変貴重な経験になりました。そこで次年度からは、本気で海外展開しようというチャレンジ精神の特に強い5社に集まってもらって事業を継続することになりました。今回登場した喜久優の渡邊嘉伸社長は、家業としてだけでなく飯田の産業として水引の将来を考え、情報をどんどん外に出していかなければいけないと奮闘している一人です。パリの展示会では、フランス人デザイナーに「水引はすばらしいが、もっと世界に強く発信し伝える力が必要だ」と言われ、反省すると同時に大きな方向性となりました。とはいえ、なかなかその伝え方が分からずにいた時に、アリタマサフミ(有田昌史)さんのように伝統的なことに関心を持っているデザイナーと出会えたのは幸運なことです。今後は、デザイナーとのコラボレーションも行いながら、ビジネスに展開できる方法を模索していきたいと考えています。

記事 その1
日本人の大切な文化を伝えたい:喜久優