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将棋駒に宿る匠の技:天童佐藤敬商店

10月28日2008年 カテゴリー: 国内, 工芸

将棋駒に宿る匠の技:天童佐藤敬商店

山形県天童市は将棋駒の産地として知られる土地。「将棋駒とものづくり」と聞いて、いまひとつピンと来ない人も多いはず。しかし、事実は、さにあらず。将棋駒の背景である、製作には、、職人たちのさまざまな物語が隠されている。今回、訪ねた天童佐藤敬商店はNHK杯の将棋駒をつくることで知られる将棋駒の名店。店主の佐藤稔氏に話を聞いた。

取材:鈴木隆文

タイトル写真は、秀峰作の駒。同写真が、佐藤氏作のもの

佐藤さんは、このお店の何代目にあたるのでしょうか?

父が初代で、僕は2代目ですね。ここ天童は、江戸時代末頃から将棋の産地です。父は、13歳の頃に、彼の父を亡くしていて、家族を養うために働かなければならなかった。それで、この土地で一番手っ取り早い仕事というのが、駒書きだったわけですね。それから、店は問屋にまでなったんです。問屋の状態で後継ぎだった僕が職人なのは、父親から、問屋の算盤勘定だけじゃ暇だろうし、手に職があれば食いっぱぐれることはないから、というんで、門前の小僧で仕事を覚えたわけです。

天童では、9割もの将棋駒を生産していると聞きました。

はい。でも、今は、全盛の頃と比べたら、生産量はもう圧倒的に落ちているんですよ。昔は、木箱で発送していて、つくれば売れたという時代がありました。でも、テレビゲームというものが出はじめてからというもの、将棋を楽しむこと自体が減ってしまいましたからね。ウチが生き残っているのは、ところどころで、ちょっとした試行錯誤をしてきたからなんです。

ナタ伐りされ、徐々に駒の形へと近づけられる。もの凄い工程数

これはマージャン牌を彫る4本軸彫刻機を改造した彫刻機

それは、どんな試行錯誤だったんですか?

大きかったのは木地をつくる機械を自分たちでこしらえたということでしょう。木地というのは将棋の駒では、基礎となるもので、すごく大事なものなんですよ。それで、その駒の木地づくりをできる、いい職人さんというのが、昭和30年代、昭和40年代と、ぐっと減ってしまっていた。もう数えるほどしかいないというのでは、駒屋も続かない。これでは、まずい、と思ったわけですね。

台形の五角形の駒の木地って、そんなにつくるのが難しいんですか?

そうですよ。ただ、大雑把な粗い木地だったら、比較的簡単にできるんです。でも、お客さんも質を求めます。頭の角度、面の角度、脇の角度、そういう細かいところに美しさが求められるわけですね。手で持つときの感触にしても、重さにしても、指すときの音にしても違いますから。でも、ナタで木材伐って、綺麗な駒を一枚一枚つくっていくのは、職人技。最低3年は修行をしないと出来るようにはならないし、技を修得させてもその職人さんがウチのために駒木地をつくり続けてくれるとは限らないんですよね。一生、駒屋を続けていくには、何としても解決しなきゃならない課題だった。

見た事のない器具が机に設置されており、その上に駒を置いて、字を彫っていく

なるほど。木地をつくる職人がいなかったら、書き師や彫り師がいても、何もつくれないというわけですね。

はい。それならば、木地をつくる機械をつくってはどうだろうか?と思い付いた。でも、当時、僕が父に相談すると、「そんなことできるわけがない」と言うんですね。でも、僕には、埼玉の玩具工場で働いていて専用機械の製造をしていた知人がいて、相談してみたら、何とかなるかもしれない、と。で、実際に相談してみると、「できる!」というわけです。それで、試しに仕上がりがどんな風になるか駒木地をつくってもらった。そして、その出来上がった駒木地を父に見せたんです。そしたら、「これくらい綺麗になるなら、いいだろう」とようやく許可が降りたわけです。それで商工中金にもにも「駒屋としてやっていくためにはどうしても必要なんだ」って、訴えてお金を借りることができたんです。

夫婦ふたりで作業を進める作業場

へー。まさか、将棋駒の木地をつくるのがそんな大変なことだとは思いもよりませんでした。でも、何と言っても、将棋の駒を見ていて楽しめるポイントと言えば、その木地に乗っかっている字かなぁと思うんですけど……。

字ということでも、面白い話があるんです。実は、「秀峰」という駒師であり、彫り師という男がいましてね。彼は、僕の父の弟子なんです。でも、その腕前は日本一でしょうね。字に対する感覚が鋭いんですね。彼は、字に関しては、本当に厳しい、習字の先生をする家で育った。だから、若いときからこだわりが凄かったんです。父も彼には感じるものがあったんでしょう。僕には、彫り方なんか教えてくれやしませんでしたけど(笑)、見込みを感じていた彼に対しては事細かに教えてあげていた。

作業机の様子。目の前に見本となる字が並べられている

そのお父さんの予想があたったというわけですね。

はい。もう入って、1ヶ月後には、中級品レベルの駒彫りができるようになっていましたから。で、あるとき、「もう大丈夫だろう」という父の許可が出て、彼に自宅で作業をしてもらうことにしたんです。それで、木地を持っていってもらって、出来上がったら連絡をもらうことになっていた。それでも、3ヶ月経っても4ヶ月経っても連絡が来ない。それで、どうしちゃったんだろうと心配になって、彼のところに行ってみると、部屋中、習字だらけなわけですよ。巻菱湖という江戸時代の書家がいるんですけど、その字を体得するために書き散らしていたんですね。食う面倒は兄夫婦に見てもらって、納得いくまで、ずっと書き続けていた。その執念たるや、凄まじい。

丹精の込められた字は、きっと、いろいろな人に愛されるのでしょうね。

一度は、九州からお礼状をもらったことがあります。「こんな素晴らしい字を見たことがない。毎日、一枚一枚、手に取り、賞味させてもらっています」という内容。でも、それを書かれた手紙自体が、素晴らしい草書の、達筆な字なんです。それで、聞いてみると、この人も習字の先生をしているのだと言うんですね(笑)。まだ、その当時、彼は23歳位でしたから、いかに素晴らしい字を書いていたかということなんですよね。

重力で箱にスーッと収まる駒箱

どちらも秀峰作の駒だが、細部を含めかなり違いがある

まさに天才職人だったわけですね。

他にも、職人には、面白い奴が多いですよ。駒箱づくりひとつ取っても、あえて塗装をしない職人さんもいたり、ウチの父のように縦横同じ長さで、蓋の重みでスーッと箱が上から下へと収まらないと駄目だという人間がいたり。それぞれにものの見方が違って面白い。あえて塗装をしない職人さんの考えというのは、「駒箱というのは、所詮、入れ物だ。つまり道具。使われて、汚されて、磨かれて、その結果、艶が出てはじめて価値のあるものになる。それを最初から、塗装をしてピカピカさせたものなんか、道具じゃねぇ」という理屈なわけです。ね、職人って、面白いでしょ。

天童佐藤敬商店
山形県天童市田鶴町1-7-17





佐藤稔
山形県天童市、昭和21年生まれ。天童佐藤敬商店店主。将棋駒師。





3 コメント

  1. 本当に有難うございました。3日にお会い出来るのを楽しみにしており

    Posted by: Swing lyrics @ 5月15日2011年

  2. 素晴らしい。
    まさしく”神技”ですね。

    Posted by: 升田幸三 @ 7月9日2011年

  3. This is good Internet marketing and public relations.

    Posted by: christian louboutin @ 11月10日2011年

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