
ボタニカルアートとは、植物の絵を職人的に描くことを言う。かつては、薬草を見分けるために、画家と植物学者がペアを組んで、世界中を往来したそうだ。熊田千佳慕は、自然を対象にした数多くの挿絵や絵本作品を手掛けてきた。庭や近所の森にいる昆虫、動物、植物などをひたすら描き続けること71年間。御年97歳!!日本においては、ボタニカルアートの草分けとしても知られ、今も現役のボタニカルアーティストである彼は、一体どんな想いで自然を描き続けてきたのだろう。
取材:鈴木隆文

熊田さんは、いつから植物や昆虫を対象とした絵に携わるようになったのでしょうか?
仕事としては、僕が26歳のときです。それまでやっていたグラフィックデザインの会社を辞めて、家内にも相談せずにパッと切り替えてしまったの。当時、戦争で本はみんな燃えてしまって、関西の方からえげつのない絵本がいっぱい入ってきて、「これはいけない!いい絵の絵本を描かなきゃ」って、僕は子供が大好きですから、そう思ってはじめたんですね。そこから貧乏生活がはじまりましたね(笑)。
職人的な画家のキャリアをはじめる前には、グラフィックデザインのお仕事をされていたのですか?
デザイナーではなく図案家と呼ばれていた時代です。当時(1930年代)は、「広告」という言葉自体が新しいものだったし、僕がいた日本工房は、日本のグラフィックデザインの草分け的な会社。僕を呼んでくれた師匠の山名文夫も有名ですけど、他にも優秀な人を沢山輩出した。土門拳や亀倉雄策は、僕の後に入ってきた人たちで、土門とは特に仲が良かった。とにかく忙しかったから、毎日、朝から終電まで働いていました。給料も沢山もらっていましたね(笑)。


当時、美術やデザインの仕事に関わるのはきっと珍しかったんでしょうね。
僕は、東京美術学校の工芸科を出てますけど、普通、美術学校なんか卒業したって食えないですよ(笑)。ウチは、兄が詩人で僕が画家、親のすねかじりが家族にふたりもいた。父が寛大な人間、本当に自由な人間だったんですね。
お父さんも芸術関係の仕事をしていたのですか?
いいえ。父は医者です。ドイツまで行って勉強して、日本で診療所を開いて、赤ひげ先生みたいに貧しい人たちをタダで診察してあげていた。博愛と自由の心のある人でした。幼い頃、僕は大変な虚弱児でしたから、父は僕には何も言わなかった。全部、自由、何でも本当に自由でした。父は僕が遊んでいる姿を見るだけで嬉しかったみたいです。今も、僕は父のことが世界で一番大好きです。それに僕も兄も、父が外国から持ち帰った画集とか文化に随分と影響を受けています。


植物や昆虫には、子供の頃から興味をお持ちだったのでしょうか?
虚弱児が遊ぶといったって、外には遊びにいけない。で、家の外で遊ぶと言ったら、庭に出て、植物や昆虫に囲まれて遊ぶんです。でも、本当に、植物や虫の世界に気がついたのは、中学生のときです。当時は、現役の将校の指導の元で「戦争ごっこ」というものをさせられたのですけど、草むらに腹這いになって、「いざ、突撃!」というときになって、コオロギや、アリ、ゴミムシが忙しなく働いている様子、虫の世界に引き込まれてしまった。気がついたら、僕だけ残されて、僕以外のみんな敵陣に突っ込んでいた(笑)。仕方がないので、足を引きづりながら出ていき、教官にはこう言った。「僕は、負傷した兵隊です」と。そしたら、教官も怒らずに逆に褒めてくれました(笑)。
それは愉快な体験ですね。
僕には、神様がついているんですよ。虚弱児だった僕が97歳まで生きられるのも、きっとそのお陰。例えば70歳を過ぎたある日、突然、それまで食べたら絶対に下痢をしてしまう生野菜を急に食べたくなった。家内は、何が起こったのか心配して怖がったけど、僕はばりばり食べた。そしたら、どうしてか、もう下痢しくなっていたんです。それからね、兵隊に取られそうなときも、ある軍人さんとの出会いがあって、僕を戦地に行かないで済むように、病名を付けてくれて、取り計らってくれた。それはきっと、神様がピンチになると助けてくれているのだと思うんです。
神様?熊田さんは特別な信仰をお持ちなのでしょうか?
僕は、偽クリスチャンです(笑)。神というのは、他に言葉がないから言っているのであって、物質を支配している自然の大きな力のことです。植物とか昆虫とか描いていると、そういうものを感じるんです。僕は、80年以上、この仕事を続けていますが、僕にとって、この仕事は、神様へのレポートなんですよ。地球という惑星は、こういうところです、と。だから、原画を売ったことも一度もない。「金に糸目はつけない」って言って買いに来る方は沢山いましたけど(笑)。
80歳を過ぎてから目が良くなったと、どこかで発言されているのを聞いたのですけど、本当でしょうか?
僕の人生は、70歳がルネッサンスで、花開いた。それまでは泥水の中にいるような人生(笑)。70歳になって、僕の作品がボローニャの国際絵本展で評価を得て、取材は沢山受ける、講演の依頼は来る、仕事は増える。イタリア人とかフランス人は、僕の絵を見ると「熊田の絵は、生きている。エスプリがファーブルと同じだ」なんて言ってくれるんです。嬉しいでしょ。だから80代のときは、もう本当に青春でした。でも普通、その歳を過ぎたら、いつ死んでもおかしくありませんから、見落としたものがあったら大変だと、もう一度よく庭を見直してみた。そうしたら、花びらとか葉っぱの上にある見えないものが見えてきて、僕の絵が細かくなったんです。今、若い頃の絵を見ると、つたなくて恥ずかしい。普通は70歳過ぎると若い頃の名声を保とうとするけど、僕は人生がその歳からでした(笑)。



熊田氏が敬愛するファ−ブル先生の『ファーブル昆虫記』

お父さんの影響から海外の書物も多い
熊田さんがそこまで植物や虫の絵を描かれるのは、その絵通じて発信したいメッセージがあるのですか?
ひとつには、「小さい命を大切にしよう」ということがあります。ずっと、虫や草花の絵を描いていると、「私は虫であり、虫は私である」という命の仲間意識がわいてきます。命が生まれてきた根はみんな一緒。今は、もう、ゴキブリでも可愛くて仕方ない。パン屑まきながら、「寒い冬を一緒に越せたね」と話しかけているんです。どんな命も、愛するからこそ美しいと思うんです。大抵、子供たちのお母さんは虫が嫌いなんです。だから、僕は、わざと、昆虫を大きく描くんです。そうすると、虫が意外にも愛らしい眼をしていることに気がつくでしょ。それで虫を好きになったお母さんたち、いっぱいいますよ。僕が大好きなミツバチなんて、特にかわいいからね。
ミツバチがお好きなんですね。
だって、目が愛らしいでしょ。でも、働き者で、勤勉なところは好きじゃないんですけどね(笑)。今の時代というのも、隙がなくて、甘さがなくて、嫌いな時代ですね。絵も一生懸命描くと、かえって駄目ですよ。ホッとしたものが混じってないと。
それにしても、97歳とは思えないくらい、お元気ですね。
栄養剤飲んだりとか、健康法試したりとか、そういうのは一切していない。小川に流れる木の葉みたいに、流れて生きる。他力で活かされていると思うと楽ですよ(笑)。人間は歳とったり、成功したりすると、「何とかは何とかでなくちゃいけない」と覚えたい。だけど、僕は今も何もわからないまま、今も結論が出ていない。だから生きるんでしょ。今も現役だから、僕には老後がない。大体、年齢なんて人間がつくったもの。僕は数字が大嫌いなんですよ(笑)。ときめかなくなっちゃったら、おしまい。
今、熊田さんがときめくことは何でしょうか?
もう、あらゆること(笑)。来年から朝日新聞主催の巡回展がはじまって、再来年、丁度100歳の年には横浜で凱旋展示がある。他にも、いろいろなイベントが待っています。今、描いているファーブル昆虫記の続きももっとやりたいですね。
熊田邸の庭
熊田千佳慕
1911年、神奈川県横浜市生まれ。ボタニカルアート画家。

7 コメント
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手づくり、天然素材とデザイン:ツルヤ商店
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10月28日2008年
木工職人のお話:多田木工製作所
10月21日2008年









インタビューってこういうのでしたか…っと思うほど、
面白い短編小説を読んでるみたいでした。
トラウマから油っぽい昆虫は怖いんですが、
ファーブル昆虫記写真上のコオロギ(?)の絵は優しくて癒されました。。
これからもお元気で子ども達(大人も)の為に描き続けてくださいね。
Posted by: アイカ @ 10月1日2008年
ひきこまれるように読み、感動しました!
ぜひ、直接絵を拝見してみたいです。
公園で遊びたくなりました。
Posted by: chie @ 10月17日2008年
先日HNKのニュースで熊田さんのインタビューを見て、その絵の素晴らしさ、考えの素晴らしさに感動しています。
巡回展楽しみです。
Posted by: Flower Supplement @ 10月18日2008年
今日のPingMag経由で読みました。
重みのある素晴らしい言葉が沢山。
良い記事をありがとうございます。
Posted by: 匿名 @ 11月7日2008年
私も7ヶ国語入りの絵本を作っています。
多摩川を舞台に少年とカラスとフクロウが色々な経験をして成長していきます。
「多摩川と居眠り釣り」「悪夢のニュートラリーノ」2009年1月発売「チャンスの第4ボタン」イラストは高校生のみずみずしい絵です
インターネットで検索してください。
Posted by: ジョーモン・リー @ 12月8日2008年
[…] 熊田千佳慕 […]
Posted by: 熊田千佳慕 | DesignNote @ 5月12日2009年
さっき偶然にあなたのTVを見て、そしてネットで検索してここを読みました。本当に実に久しぶりに心が和む番組でした。無欲で澄んだ瞳のあなたの笑顔が忘れらません。奥様のあなたの仕上がった絵を見ている顔のなんと素敵なこと。ニッコリする場面なのに、私は涙が流れました。
Posted by: 華盛 開 @ 10月10日2009年