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刀鍛冶の音が鳴る:田中鎌工業

9月2日2008年 カテゴリー: 伝統, 国内, 製品

刀鍛冶の音が鳴る:田中鎌工業

長崎県大村市松原に伝わる刀鍛冶のつくる刃物、松原刃物壇ノ浦から逃れ、約800年の歴史を駆け抜けてきた鍛冶技術だ。この技術は、現代に包丁や農具として活かされている。『男の包丁』というストレートな名を冠して、刃物の新しい世界を伐り拓こうとする田中鎌工業を訪ねた。

取材;鈴木隆文

真夏のとある一日、さらに暑い工場で作業をする田中さん

田中さんは、こちらの生まれなのでしょうか?

はい、そうです。僕は、ジゲモン(地元の人間)です。この地に生まれて、育っています。

田中鎌工業の何代目になるのでしょうか?

4代目になります。最初は、農家の人に鎌をつくったり農具をつくったりということをしていたと聞いていますね。

松原という土地は、鍛冶の土地としての歴史が長いようですね。

そうですね。約500年ほど前に、平家落ち武者について、宮崎の日向の国に逃れてきた刀鍛冶の職人がここ、松原に移ってきてはじめたのが松原刃物の歴史の最初です。ピーク時は戦前だったみたいで21カ所位の事業所がありました。僕がこの仕事についた25年前も「なんだ、鎌屋に鎌がないのか?」とお客さんに言われる位に忙しかったですね。すぐ近くの松原小学校の校歌にも「土打つ響き」という金槌の音を描写する歌詞が残っているくらいで、ここら一体に、鍛冶の音が響いていたんですね。

刀鍛冶が起源になっている刃物というのは、どんなものなのでしょうか?

いや、これは、松原刃物だけの技術というわけではないんです。日本の刃物は、ほとんどそうなんです。柔らかい鉄で刃先を挟んでいるんですよ。刃先だけでつくると、刃先は鋼で硬いですから、すぐにポキッと折れてしまう。柔らかい鉄で巻いてあげると、強度があがるんですね。

これは、男の包丁のプロトタイプ

田中さんのところでは、『男の包丁』という大変ユニークな名前の包丁をつくっていますね。これは、どんな経緯で生まれたものなのでしょうか?

包丁で新商品をつくるというのは、本当に難しいんですよね。実は、包丁というのは、出刃包丁か菜切包丁かの2種類しかなくて、形としたら全部同じなんですよ。そんな中で、いろいろな方と会うと、ウチのことを心配してか、「包丁の新商品をつくったら」「ここはこういう風な形にしてみたら、格好良かっちゃないと」というようなことを言ってくださるんですね。そういうアドバイスをしてくれた方というのは、異業種の方たちで言ってみれば素人なんです。でも、そういう方々のアイディアというのは自由なんですよね。

そういう皆さんの言葉が出発点になっているわけですね。

そうですね。そういう皆さんの知恵をもらいながら、自分の技術が活かせるものをやろう、そう思ったわけです。だから、この包丁はウチの包丁にしたら少々、値は張るんですけど、本当に刀鍛冶の技術を目一杯詰め込んで、手間暇をかけてつくっているんです。

一点に集中して、力強く叩いているのがよくわかる。

「男」ということを強調しているのは、どうしてなのでしょうか?

僕が子供の頃の記憶では、おじいちゃんや、親父たちがずっと包丁を研いで大事にされとったんですね。各家に砥石があって、ここらには、地域地域に井戸端というものがあって、そこで男たちが刃物を研いでいたんですね。その古き良き日本的な光景というものを男の人たちに思い出して使ってもらいたいなと、思っているんです。

田中さんご自身も魚をさばいたりするんですね。

はい。そうしないと、いいか悪いかわからないやないですか。だから、旅館に勤めていて、料理の腕には自信がある母親にさばき方を教えてもらったりしているんです。農具、鎌や鍬なんかも、つくったら、必ず自分で使ってみますよ。

仕事場の椅子。すべての物は作業のしやすさを考えて配置されている

お母さんに料理を習えるなんて、素敵な家族ですね。

私は、昔の家族にあった情緒みたいなものが失われるのが嫌なんですよ。だから、母には「さばき方、教えて」って素直に聞きますし、本当は男の包丁というのも、お父さんが背中で、料理をしている姿を自分の子供たちに見せてあげてほしい、そういう願いを込めてつくっているんです。そのためには切れる包丁の方がいいんですよ。

今の日本の家族のあり方に何か感じることがあるのでしょうか?

今は、みんな「忙しい、忙しい」ってことばかりで、家族の中の会話がなくなってきていますよね?家族の団らんというものがどんどん失われてきつつある。ウチなんかでも、そうです。子供は塾があるから、家族みんなが揃って食事ができるのは、週に一回位しかないんです。時代の流れだから、それはしょうがないんです。だけど、その一日を大事にして、そのときにお父さんが腕をふるったっていいじゃないですか? 僕なんかだって、美味しい料理なんてつくれません。でも、包丁が切れるというだけで、魚さばいたりするのも楽しくなったりするんですよね。子供たちには、そういう僕の父親としての姿を焼き付けてもらえたらいいなと思っているんです。

仕事中の田中さんの表情は真剣そのもの

田中さんご自身もお父さんの背中を見ながら、この仕事の道を歩まれてきたのでしょうか?

そうですね。父は、今は病気してもう引退してしまっているんですけど、最初にこの包丁をつくったときは、「こがんして、こがんやり方でできんかね?」って、相談に乗ってもらっていましたからね。

引退された後というのは、仕事が大変になったんじゃないですか?

そうなんです。本当は80歳過ぎまで頑張ってもらうつもりでいたんですけど(笑)。父には鍬を中心に農具をやってもらっていたんです。でも、今はなかなか人が育たなくて。職人は10年で一人前とか言いますけど、そんな簡単じゃないんですよ(苦笑)。

どんな点に難しさを感じますか?

まず、ものを知らないといけないんですよ。材料や火の性質のこととか、包丁や鍬自体のことですね。後は、経験でしかわかり得ない部分ですね。「延ばして」と言っても、それを、ただバーッと延ばせばいいっていうわけじゃなくて、ここは厚く、ここは薄く、ここは真っ直ぐしておかないと、後でひずみが出る、とか、そういうことです。

なるほど。

私自身は、小学校の頃から家で工場の仕事を見て育っていますからね。帰ってきてから、溶接の火をボーッと見ているのが好きだったんですよね。でも、火の粉が飛んできて大騒ぎをしたり、ずっと見ていたら目が灼けてしまって、夜になって寝る時間になっても目を閉じ切らんのなんてこともありましたよ(笑)。そういう現場の空気で学んだっていうのは、あります。

赤々と熱された鉄

“空気で学ぶ”ということは、職人さんがよく言われることだと思うのですが、具体的には、どういうことなのですか?

鉄を切ったり、削ったり、金槌で叩いたり、そういうことは感覚なんですよね。振り上げて下ろせばいい、ということではないんです。リズムであったりとか、ポンッという音であったりとか、ゴルフに近いかもしれないですね(笑)。同じ金槌で叩くにしても、父親がやるとうまい具合に延びる。でも、子供の頃の私が同じ風にしても延びない。その上で1キロもあるハンマーだったりすると、腕が上がらなくなる(笑)。でも、父は平気な顔して、次から次に短時間で仕上げていくんですよ。「なんでだろうな?」という気持ちがあって、そういう技術を目で見て盗んでいくんです。

今後については、何かお考えのことがありますか?

今は昔と違って、システムキッチンもありますし、食材で言えば、いろんな果物がでまわっていますし、肉のことも知らないといけません。それに、研ぎ方とか手入れの仕方を知らない人も増えていますから、それに合わせた包丁も考えなければいけないかもしれないですね(笑)。

田中鎌工業
長崎県大村市松原本町371

田中勝人
昭和37年、長崎県大村市松原生まれ。田中鎌工業代表、鍛冶師。

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