
美しい風鈴の音色を街中で耳にするようになると、夏の風情を感じる。しかし風鈴は、夏の短い間、軒先や窓先につり下げられるだけのはかない存在でもある。しかし、その風鈴を生業にしてきた男の人生が、陽光を浴びて吹き抜ける夏風のように、涼やかさに溢れているのはどうしてだろう?
取材:鈴木隆文

今日は、ものづくり人生についての話を聞かせてもらえたらと思います。
何、このマガジンは、翻訳されて外国でも読まれてんだ。私も、随分、外国には行ってるんだよ。風鈴売りにな。アメリカ、ドイツ、フランス、オランダ、イギリス、中国、台湾、インドネシア、ノルウェー、あっちじゃ、「エド・ウィンドベル」って私が命名して、売ってたんだ。これが、売れて売れてすげえんだ。3日間くらいで、1000個売れちゃうんだから。ある国なんかは、観光ビザで行ったから、本当は売っちゃいけねえんだ。だから、帰るときは、荷物の目方が合わないと困るってんで、何か入れて帰ってくるんだ(笑)。行った国の数だって、多すぎて数えたことねえや。


風鈴売りをしながら、世界旅行をするというのは凄い話ですね。どこの国が印象的だったでしょう?
女王様が招待してくれて、2ヶ月滞在したオランダなんつうのは面白かったですね。ロッテルダムの駅前に動物園があったんですけど、そこのイベントでジャパン村ってのが一時的に出来てね。日本の職人が8人くらい行ったんですが、その中に私もいてね。こんときも2ヶ月だから、200万円位売上げが出りゃいいだろと思ってたんだけど、足りない足りない。全部、ひと月で売り切れちゃうんだから。
でも、どうして外国へ行くルートを開拓したんでしょう?
だって、ほら、金がなかったから。日本が駄目なら、アメリカがある、アメリカが駄目なら、ドイツがある、フランスがあるって寸法ですよ。世界には60億の人が住んでんだから。何も、駄目なところで、うじうじしてることはねえんだよ。自分で開拓すりゃいいんだよ。
ですが、文化の違いなど、難しいこともあるのではないでしょうか?
それなんだよ。日本なら、風鈴の音は情緒があるってことでいいもんとされているじゃないですか。ところが、これがアメリカに行くと、「なんだ、そんなうるさいもん」ってなっちゃうんだ(笑)。で、考えたわけ。そうか、アメリカにも、夜はお化けっていうのがいて、幽霊が出る。で、私の風鈴には、赤、緑、黄、青、白の原色の5色がある。それぞれに、意味を付けりゃいいんだ。赤は太陽、これでお化けは出ませんよ。青は、海と空。これは、世界共通で人間にとって、必要不可欠なものだよ。それから緑、これは草木の色、この緑があるから、美味しい空気を吸えるんですよ。だから、緑があると健康で病気になりませんよ。今度、黄色。日本の国には秋になると黄色い稲穂が田んぼに揺れるんです。そして、それが米になる。つまり、金になるんだよ。この黄色い風鈴があったら、お金に困りませんよ。そして、最後は白。これは、白無垢、純白の白。おしとやかな花嫁が着る色が白、つまり目出たいものなんですよ。そしたら、もう大成功、風鈴を「うるさい」なんて言う人は、一人もいなくなっちゃって、飛ぶように売れたねえ。モノっていうのは、そうやって売るんですよ。


篠原さんは、営業マンでもあるんですね。
そう。職人であり、社長であり、営業マン。私はね、若い頃は、学校で英語を勉強していた位だから、本当は外国に住みたかったの。ところが夢破れて、長男だから、親の家業を継いで風鈴屋になることになったんだ。ところが、先代(父)の時に火事になっちゃって、借金いっぱいこさえて、おやじとおふくろがいなくなっちゃったんだ。ほいで、仕方ねえから、兄弟で仕事を立て直そうとするわけだ。親父もお袋も、「うちの息子が道楽者だからつぶれたんだ」なんて、問屋にまでふれまっていたから。こっちとしたら、「もう親でもなければ子でもねえ」っていうんで、奮起して、2年目に80万円の純利益を出すまでになるんですよ。当時、80万円っていったら、建て売りの住宅が買えたんです。風鈴つくって、売って、2年で、そんだけの利益が出るってんだから、すげえんだ(笑)。


では、職人さんとしての技は、お父さんに学ばれたのですか?
あんな下手っくそな職人には、習わないよ(笑)。親父が、風鈴づくりの勉強しろって言ったときに、オレは、こう言ったんだ。「オレ、あんまり、おとっちゃんから習いたくねえ。日本一の風鈴づくりする人ならいいだけど。聞くところによると、大阪の寝屋川あたり吉村清吉っていう、腕のいい職人がいるっていうだ」ってさ。そうしたら、親父、関西行って、その人見付け出して、東京に連れて帰ってきたんだよ。


やはりその吉村さんという名人は、腕が違いましたか?
そりゃ、格段に違ったんだけどさ。この吉村って男は、気難しい男でね。誰の言うことだって聞きやしねぇような、昔かたぎの職人なんだ。それで、この人について、風鈴づくり習っていると、最初の頃、怪我とか火傷ばっかりさせられて、それが嫌でさ。でもさ、ハッと気付いたんだ。この人に敵対心を持つんじゃなくて、この人の言いなりになって、懐に入っちゃったらいいんじゃねえかってさ。考えを変えたんだよ。そしたら、もう、今まで知らなかった何から何までの技を教えてもらうんだよ。この男は、音のいい風鈴はどうやってつくるかなんて、研究にも熱心だったから、そういう技も盗ませてもらったりさ。


いい人に出会ったわけですね。
ところがさ、この男、色男でさ。何でも歌舞伎俳優のめかけの子って言うくらいでさ。魔が指したのか、旦那がある女と不倫するわけ。で、当時は、姦淫罪っていうのがあって、これは大罪ですよ。ほいで、網走刑務所に入っちゃったんだよ。だからさ、人間ってのは、あんまり型破りな欲望とか野望ってのは、よくねえんだよ。我々みたいに、地道にコツコツやっていくのがいいんだよな。
では、最後に、今の職人に必要なものを教えてください。
最近の若い子の親なんかはさ、「ウチの子は、大人しくて寡黙で、家にこもって何かしているのが好きだから、職人にさせたい」って言ってくるのがいるんだけどさ。私は言ってやるんだよ「お母さん、それはとんだ考え違いだよ。今の職人っていうのは、大変なんだ。自分で売るところを開拓しなきゃなんねえし、自分の口で説明して、付加価値を付けて売らなきゃなんねえだよ。大人しかったら、職人は諦めた方がいいよ」ってさ。その代わり、職人だって、その人の腕と頭次第では、サラリーマンじゃ稼げないような金だって稼げるだ(笑)。後、職人というか人生うまくやるのに必要なことは、仕事に惚れること、おっかさん(奥さん)に惚れること、土地に惚れることだろうな。ウチの家族みてみなよ。仲いいんだ。息子だって、家継いでくれるし、孫だって、風鈴屋やるって言ってるんだ。みんな、いいとこの大学出てるのにな(笑)。
篠原風鈴本舗
東京都江戸川区南篠崎町4-22-5

篠原儀治
1924年、東京生まれ。風鈴職人。

4 コメント
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1秒前・・・
Posted by: オカメインコ @ 1月26日2012年
1秒前
Posted by: オカメインコ @ 1月26日2012年
私はしがない4年生です。社会科見学でそちらの方を見学させていただきます。よろしくお願いします!!!来年で5年生です!!!
Posted by: 猫命!! @ 1月26日2012年
える
Posted by: おかめいんこp @ 1月26日2012年