
加賀毛針という、長い時間を生きた、美しい釣り針がある。そこには、武士達の生き様、心が宿っているという。「目細八郎兵衛商店」は、加賀毛針を現代に伝えるお店だ。新商品づくりにも果敢に挑み、現代性をも見事にまとっている。ここの店主は、20代目。彼は、この重みある歴史を背負って、どこに歩いていくのだろう?
取材:鈴木隆文



加賀毛針というのは、今ひとつ馴染みがないんですけど、これは伝統工芸品なんですよね?
はい。石川県指定の伝統工芸品です。けれど、もちろん今でも毛針を使って釣を楽しむファンはいますよ。毛針は、一般には、鳥の羽や動物の毛などを用いて、虫に似せた疑似餌のことです。
目細さんご自身も「釣」そして「釣針」に対しては、やはり格別の想いをお持ちなのでしょうか?
いや、特にそういうわけでもないんですよ(笑)。とはいえ、気持ちがないわけではないんですけど。僕よりも、母が熱心ですね。彼女は70歳を過ぎてますが、鮎釣が解禁になると必ず出かけますから(笑)。
淡々と「釣り」に向き合っているんですね。目細さんは、今、現在、何代目になりますか?
代で言うと、私が20代目、創業自体が、約430年前のことですから。でも、私は次男坊ですから、呑気なのかもしれませんね。


430年というのは、また古い古い歴史を持ったお店なんですね。
はい。時代的には戦国末期です。当初、売っていたのは縫い針ですね。昔は、縫い針というものは、今とは比にならないくらい重要な生活必需品だったんです。麻袋を縫うのも、蓑傘を縫うのも、本を綴じるのも、そして、着物も反物で買って自分たちで縫製していたと言いますから。ウチは、江戸時代には、前田藩御用達の縫い針屋だったんです。
釣り針を扱っていなかったのですか?
加賀毛針の歴史は、江戸時代にはじまったものです。でも、当時、アユ釣りは万人に許されていたわけではなく、武士にだけ許されていたものだった。だから、アユ釣りを嗜む武士たちは、縫い針を自分で釣り針用に曲げて、毛をつけて自作していたんです。


武士が自作の釣り針を持って、川釣りに出向くなんて、優雅な感じがしますね。
いや、ところが事実そうではないんです。江戸時代の幕府は、この金沢界隈を治めていた前田藩が力を蓄えないように厳しく監視していたんです。つまり、おおっぴらに武道の稽古に励むことができなかった。そこで思い付いたのがアユ釣りです、刀の代わりに釣り竿を上下に振る動作は、遊びの一部です。ところが、武士にとっては、岩場のある渓流を歩くのは、足腰の鍛錬になります。
なるほど、前田藩の武士たちも頭を使いましたね。
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はい(笑)。でも、本当に頭を使ったのは、アユ釣りそのものかもしれません。アユ釣りは、人間とアユの知恵比べなんです。色とりどりの毛を付けることで、いかにアユを錯覚させるか。カゲロウや川虫に似せて、キジ、ヤマドリ、孔雀の羽や漆、箔、皮などを針につけていく。前田藩の武士たちが面白いのは、この釣りに独特の美意識を働かせていたところです。


それはどのようなものでしょうか?
いわゆる「粋」というやつですね。アユを釣るための、もうひとつの技法、「友釣り」を避けたのも、それが「粋」に反すたものだったからです。友釣りは、アユそのものを餌にして、アユを釣る。武士たちはそこに、卑劣さを見たんですね。粋ではない、と。加賀毛針が芸術の粋にまで、技術が高められたのは、彼らの美を愛でる気質があったからでしょう。
一般の人は、いつ頃からアユ釣りを楽しめるようになったのでしょう?
許されるようになったのは、明治時代に入ってからです。人気は一気に広まって、大正時代になると、全国で評判となり、加賀毛針の生産量は年間百万本以上にまで達したそうです。毛針職人、竿職人も、この頃はかなり多かったはずです。今では、加賀毛針で生き残っている職人さんは8人だけですけど…。


これは、相当な歴史を背負っているお店ですね!ところで、どうして、目細さんは次男であるのに、この道に入られたのですか?
ウチも本当は兄が継ぐことになっていたんですよ。でも、兄は、「絶対に釣り針屋になんかなりたくない!」という強い想いがあったみたいです。でも、親は「許さん、継ぎなさい」と言う。で、兄は親を納得させるためには、他の普通の仕事についたのでは納得してもらえないということを感じていたのでしょう。必死に勉強をして、国家資格である会計士に合格してしまうんですね(笑)。会計士なら、親も文句は言えません。それで、何も考えていなかった僕が継ぐことになったわけです。
目細さんは、釣り針屋になることに抵抗はなかったのですか?
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なかったです。「じゃあ、継ぐか」という感じです。古さとか重さとか、そういうプレッシャーを感じずに継がせてもらいました(笑)。



鮮烈なカラーリングが印象的

虫を彷彿とさせる
430年の歴史を背負い込まずに、とても飄々とやられているところが凄いですね。でも、加賀毛針を使ったアクセサリーなどもおつくりになられいて、積極的にユニークな試みはされていますよね?
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はい。でも、釣りをやっている人の中には、「目細はあんな商売はじめやがって」ということを言う人もいるんです。でも、加賀毛針は、長い歴史と伝統があるものです。その技術も、美しいものをつくるには熟練した技術が必要です。それを絶やさないためには、それだけの仕事がないといけません。いくら毛針が美しくても、釣りをやらない人は買いませんから。そこで生まれたのが、加賀毛針を使ったアクセサリーなんです。これなら、普通の人、しかも女性に買ってもらうことができる。今では、売上も、アクセサリーの方が高いんです。
なるほど、実は、よく考えられているんですね。これなら、加賀毛針は、まだまだ新しい時代に合わせて生き抜いていけそうですね。
そうしたいですね。職人さんの後継問題も、アクセサリーのお陰で、クリアできそうですから。伝統的に毛針の職人さんは、何故か女性なんですよ。それで、例えば、若い女の人に「釣り針の職人さんになりませんか?」と聞いても、「ハッ?」って言われるのがオチです。でも、「アクセサリーのデザイナーになりませんか?」と聞けば、「やってみようかしら!」ってなるはずですからね(笑)。
目細八郎衛商店
石川県金沢市安江町11番35号

目細勇治
1968年、金沢市生まれ。目細八郎衛商店20代目店主。

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