
「漆黒」とは、この世界において最も深い黒を指す言葉。単語にある漢字からも分かる通り、言葉の源流には「漆」がある。漆の黒さは、紙に刷られた黒色もしくはモニターに映された黒色では表現ができない。数ある日本各地の漆の産地の中において、その「漆黒」を「今」を映す美しいフォルムにのせている器は多くはない。山の中の小さな漆屋を営む男が、つくり出す漆黒の世界、彼の漆づくりへの目線は、古いしきたりから未だ抜け出せぬ業界において、際立つものである。
取材:鈴木隆文


もともと漆に対しての興味というのはあったのでしょうか?
いいえ。父親の仕事を見ていても、辛そうだし、止まっていた。だから、父親がはじめた漆器屋を継ごうという気持ちは全然ありませんでした。もともと大学で言葉を学び、広告の仕事をしていたんです。
では、広告の世界では、ものづくりにつながるようなデザインの仕事をされていたのでしょうか?
いいえ。最初は、コピーライターからはじめて、その後はプランナーになりました。自分でデザインをするということはなかったですね。メディアのプランニングをしたり、どうモノを売るかを考えてあげたりする仕事で、労働時間は長かったですね。月400時間位は働いていました。
漆の道に入ろうと決意をされたのは、どんな想いからなのでしょう?
父親が60歳を過ぎて、「店を畳もうと思っている」という連絡をもらってからですね。広告というのは、基本的には、大して良くない品質のものを、ウソをついて売るみたいなところがあると思います(笑)。それと比べて、自分が納得いくモノをつくって、それを売る仕事と比べたら、どっちがいいかなと考えたんです。それに、停滞しているということは、変えることは簡単です。変化の速度が速い業界は、新しいことをしても周りも同じように新しいことをするわけですから。
漆の道に入られてからは、どんな風に業界のやり方を学んだんでしょう?
素人でしたから、漆のことはあんまり分かりませんでした(笑)。とは言え、漆業界の仕組みについては、知ればいいだけの簡単なことなんです。それよりも木という素材について、職人さんのところに通って勉強しました。


漆ではなく、木をですか?
木の特性を知らないとデザイン自体ができないんです。木は自然のものなので、人間が支配するということはできないんです。伐ったときに、力がどこにどう逃げていくかとか、どういう環境でどう変形するのかとか、そういうことを学んでいました。
気難しい職人さんは、厳しくありませんでしたか?
ピントのずれた図面を最初から持っていってたら叱られたりしたんでしょうけど。僕の場合は、最初は「これ何すか? それは何故ですか?」って、ずっと聞きっぱなしでしたからね。その結果、ようやく木の種類もわかるようになるまでに、1年くらいは掛かりましたね。


頭の中だけではなく、現場で学ばれると気付きも多いのではないでしょうか?
想像以上に手間も時間も掛かるものなんだなあ、ということは実感としてわかりましたね。図面を渡して、何個でいくらで、いつまでにってというものではないんです。新しい形の器の注文が入れば、職人さんはそれにあった道具からつくらなければいけないんです。
実際に、はじめてデザイン図面を作成されて、それをお持ちになったときには、緊張されたんじゃないですか?
いや、緊張はしませんでしたね。ただ、職人さんの方に嫌がられましたね(笑)。「うわぁっ、面倒くせぇなこの形」って。彼らも、基本的には人間ですから面倒くさいことは嫌がるんですね(笑)。

そうなると職人さんとのコミュニケーションが大事になってきますよね?
はい。でも、僕は、用もないのに職人さんのところに顔を出すような、従来の関係の築き方はしませんでした。それで仕事になるのであればいいですけど、物理的に利益を考えたら難しいものがあるんです。だから、僕の面倒なデザインをやってもらえれば、数量を出す。そういう流れを徐々につくっていったんですね。
「たに屋」では職人さんも腕のいい人だけにこだわっているそうですが、職人さん選びは、どんな風にされているのでしょうか?
それは、広告の仕事のときにやっていたことと全く同じです。広告の世界では、「このカメラマン、腕はいいけど、ギャラが高いなあ」というのがありました。それをそのまま職人さんに置き換えてやっているんですね。

コミュニケーションという面でも、広告制作も漆器づくりも同じなのでしょうか?
同じですね。基本的に相手と対等でいられるような知識を持っている必要があるし、機嫌を損ねないようにしながらも、こちらが卑屈にならないようにしなければいけないですしね。だから、そういう制作中のやり取りというのは、僕の場合は広告の世界で慣れている部分があって全然苦労はしていないですね。
なるほど、でも、小谷口さんが難度の高いデザインをするということは、基本的には自分のつくるものに対してのこだわりが強いということなんでしょうね。
こだわりはあっても、僕は作家じゃありませんからね。エゴ丸出しのデザインをする気は毛頭ないんです。むしろ、使う人のことをまず先に考える問題解決です。販売店からの依頼で漆器をつくるケースなどでは、そのお店にどんな客が来て、どんな好みを持っているかということを、かなり掘り下げて聞いていきます。それは、広告時代にクライアントからオリエンテーションをする作業と一緒ですね。

使われる生活のシチュエーションを想い浮かべた上でのカタチということですね。
僕が東京で長いこと暮らしていて、都市部に住む人たちの生活を知っているということが大きいかもしれないですね。そういう経験があるからこそ、ソファが400万円するような部屋に合った商品づくり、反対にワンルームに暮らす人でも買い足したくなる動機づけができる商品づくりができるのかもしれません。
漆器づくりを通して得られる喜びというのは、どんなことですか?
やはり、直接、ユーザーの人とつながれるところですね。メールで来る問い合わせに対して、素材や耐久性、品質、そして値段など、自分が考え抜いてつくりあげたものを納得してもらった上で選んでもらい、そこから関係が始まるというのは広告にはない良い点だと思います。

非常に現代的なやり方を旧態依然とした業界に持ち込んでやられるのは大変なことだとは思うのですけど、今後はどんな方向性にコトを運んでいきたいとお考えなのしょうか?
確かに同業者からの反発は大きいです。漆器に限らずどんな業界でも同じだと思いますが、素材は粗悪になる一方だし、何故そうなるかというと差別化が価格競争でしか図られていないからです。そうなると、まっとうな素材を扱うことのできる職人は仕事が減っていきます。すると技術の継承が途絶えます。デザインだけではなく、素材に関しても僕の要求度は常識を超えて、使う人にとっては何十年も使わないと気づかないほど高いんです。結果としてのかたちは新しくても、素材と技術はオーセンティックなわけです。そういった、新品状態のぱっと見では判らないけれど使っていくうちに気づく何かがある、と気づく人が増えていけばいいなと思っています。そんな人たちが、購入するときの選択肢の中にでも僕の器を加えてくれたなら、最上のよろこびです。これはデザインにおいても同様で、商品の寿命は品質だけではなくデザインにもあります。いま新しくても100年後に古くさかったら使われることなくただのゴミです。次々と新商品を出してたくさん売るのは、仕事を経済ととらえれば正論でしょう。でも僕は、商品ライフサイクルの早いゴミを生み出すくらいなら何も作りたくはありません。マーケティングは環境変化に対応していくものです。でも、僕は今とか来年とかに追いつくわけでも逆らうわけでもなく、無視しているんです。100年後もふつうに使っていてくれる、生活になじんでいるかたちを生み出したいですね。
たに屋
石川県加賀市別所町2-6-2
小谷口 剛
石川県加賀市、1970年生まれ。山中漆器「たに屋」代表。
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Posted by: Przeprowadzka @ 4月5日2012年