
紙衣とは、紙の衣と書き、和紙を材料とした着物のことを指して言う。そこから、今では、衣装用の和紙のことも指して言うようになった。和紙を揉んで柔らかくし、糊を引いて強度と防水性をつけた素材だ。この不思議な紙素材を用いて、熊のぬいぐるみやら、現代的な明かりやら、一見伝統とは異なる世界観をつくり続ける男がいる。聞けば、男は由緒正しい家の血を引くという、一体、どんな想いで世界をつくっているのだろう?
取材:鈴木隆文

坂本秋央氏と明かりの作品

和紙でつくった熊の人形「カミィ」
坂本さんは、加賀紙衣の家に生まれて何代目になるのでしょう?
僕は、加賀奉書18代目宗右エ門ということになります。元々は、江戸時代には加賀藩の紙の総元締をやっていた家系です。ですから父も職人で、僕は生まれたときから、いい紙に囲まれて育ちました。これは冗談ですけど、いわばサラブレッドで、友人には、「世が世なら、君たちは、僕と話すことさえできなかったんだよって言っているんです。実際、父の幼少時は、この界隈では「若(わか)」と呼ばれていたらしいですね。僕も、もう少し早く生まれていれば(笑)…。
加賀百万石の加賀藩の総元締というのは凄いですね。
そうですね。昔は、藩からの許可がなければ、紙を漉くことはできませんでした。加賀藩が誇る最高の献上品だったわけです。ですから、密造ならまだしも、密造した上に販売したなんてことがわかれば、即刻打ち首という、そういう世の中だったみたいですね。


では、坂本さんは伝統を守る役目を負っているわけですね。
いや、僕は伝統というものに対しては、「どうだっていいじゃん」て思ってしまっている節があるんです。メディアなんかで「伝統は素晴らしい」とか言いますけど、それは単に結果でしかない。日々の生活をどっぷり伝統に浸かっている者に言わせれば、ことさら強調するようなことではなく、体に染み込んでいるものですからね。
それは、パンクな響きを持った意見ですね。
いやあ、それはだって、はじめて紙を漉いたのは、3歳くらいですよ。親に抱っこされながらでしたけど、自ら「漉きたい」と願い出て(笑)。だから、若かった時分には、もう良質の紙やら伝統やらには飽き飽きしているわけです。逆に言えば、20代中盤くらいまでは、「もし自分の才能を活かせる仕事があれば、いつでも転職してやる」という気持ちですらありました。

揉まれることで衣として用いられる強い素材になる

何度も何度も繰り返されることで、より強い強度が生まれる
では、この道で生きていこうと腹を括ったのはいつだったんですか?
27歳くらいのときでした。地元で小唄の先生に和服に似合う帯が欲しいということを言われたんです。で、最初は、もちろん父親がつくった加賀紙衣の帯が欲しいのだろうと思って、「父に伝えますから、どんなものが欲しいんですか?」と聞いたんですね。そうしたら「いや、お父様のではなく、あなたがつくった帯が欲しいのよ」と言われたんです。まあ、それが嬉しくて嬉しくてね。きっと、僕に新しい感性を直感的に感じてくれたんでしょうね。その瞬間が、この道で生きていくことを決意した瞬間でしたね。
それは、お父さんもホッとされたんでしょうね?
いやあ、父は僕以上に、奔放な狂気の人だからね。そんな気持ちではなかったと思いますよ。職人というか芸術家で、目付きが鋭いから、昔はよくヤクザと間違えられた位です。紙漉の技術という点でも、天下一品でいまだにハッとさせられます。だから紙漉では一生敵わないという尊敬の念を持っています。天才ですね。


紙漉の天才って、どんな点で測ることができるのですか?
紙漉というのは、足腰で漉くんですよ。とにかく言われるのは、「水と友達になれ」ということなんですね。で、水を汲むと水が中に遊びに来てくれる感覚があります。でも、下手だと、いつの間にかその水がいなくなってしまっていたりします。そういう絶妙な点で、鋭敏な感覚を持っている人が紙漉の天才って言えるんでしょうね。
坂本さんの作品は、紙漉だけでは終わりませんよね?
はい。僕は、造形という分野においては、天才の父にも負けないという自負は持っています。それを感じてもらうには、「明かり」や「カミィ」と呼ばれる熊の縫いぐるみを見てもらったらいいと思います。
和紙で熊のぬいぐるみというのは、随分とユニークな発想ですね?
あるとき知り合いの女の子が、僕の紙衣を見て、この素材で熊さんをつくってみたいと言い出したんですね。はじめて、それを聞いたときは、「ふざけるな!」って、頭に来たんです。でも、家に帰って、よくよく考えてみると、こういう機会もそうそうないと思ったんです。「自分の紙衣が熊になったら、一体、どんなパフォーマンスを見せてくれるのだろう?」そんな気持ちが沸いてきたんですね。
なるほど、リアルな反応が得られたわけですね。
はい。普段、ギャラリーで、マダムたちに、「先生、深い世界ですわね、素敵ですわね」というのとは違う反応です。それは、僕自身、全身に電気が走るような興奮を覚えましたね。その後、随分、この熊が脚光を浴びて、今では父も「このカミィが、この家にお金を運んでくるはずだ」なんて、訳分からないことまで口走るほどファンになっています(笑)。


なるほど、伝統的な加賀紙衣の血を引く父子の間で、そんな会話が繰り広げられているとは(笑)。
今は、現代を加味した工芸品があまりにも少ないんです。人は今のものに対して「いい」とはなかなか言いません。「当時の名匠の誰それがつくったのがいい」なんてね。でも、当時の名匠というのは、時代を溯れば、当時の最先端を行っていた人なはずなんです。
伝統的な世界にあって、過激なお言葉の数々、どうもありがとうございました。最後に、今後の抱負を聞かせてください。
これからも、頭ではなく、心でつくった作品をつくっていきたいとは思っています。そうすると、ついつい刺激を求めてしまう性格なものですから、また、全然違ったことをはじめてしまうのかもしれませんね。
加賀紙衣
石川県金沢市二俣町イ2

坂本秋央
昭和30年、金沢市二俣町生まれ。加賀紙衣職人、加賀紙衣作家。

5 コメント
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12月31日2008年
科学する心で伝統を見つめる:大辻朝日堂
12月16日2008年
ニッポン製Tシャツがゆく:久米繊維工業
12月9日2008年
日本人の大切な文化を伝えたい:喜久優
12月2日2008年
石を売る人:佐藤庭石店
11月25日2008年
桐箪笥の本質を守りながら:小倉タンス店
11月18日2008年
手づくり、天然素材とデザイン:ツルヤ商店
11月11日2008年
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将棋駒に宿る匠の技:天童佐藤敬商店
10月28日2008年
木工職人のお話:多田木工製作所
10月21日2008年









一部の写真が良く無い、他のページも、折角良い企画だと思うのに、魅力半減、取材にはカメラマンも一緒に同行した方が良いと思います、面白い企画、外人さんの目から見た日本もっと紹介して下さい、これからもっと良くなることを期待してます、頑張ってください。シャボン
Posted by: syabonn @ 2月20日2008年
[…] ちなみに、隣に座ってるクマさんは以前PingMag MAKEで紹介した加賀紙衣のもので、和紙でできてます。夜皆が帰ったあと、会社を守ってくれます。 […]
Posted by: Tom’s Blog » Blog Archive » どぅまんギター! @ 6月10日2008年
坂本秋央様へ
山岸淳二です。
連絡いただけますか?
Posted by: 山岸淳二 @ 12月28日2010年
初めまして。
まったくの初心者ですが、幼児が羽織れる大きさの紙衣を作ってみたいと思うのですが可能でしょうか?ぶしつけな質問でしたら申し訳ありません。
Posted by: booko @ 5月31日2011年
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Posted by: christian louboutin @ 11月10日2011年