
ロボットが世界的にも注目を浴びる中、ユニークなロボットの研究開発をつづけてきた男が千葉県は津田沼にいる。morph、Hullcigenia01、HallucIIなど、数々のロボットを世に出してきたロボット工学者、古田貴之である。ヒューマノイドロボットではない、新しい視点からのロボットへの取り組みについての彼の話は、世界を変えるリアリティーに溢れている。
取材:鈴木隆文

大ロボット博は、どのようないきさつで参加することになったのでしょうか?
ロボット研究者なのに、このイベントに参加するのは、理由があるんですよ。それは現在の先端技術と未来技術を埋めるためなんです。そのためには、ロボット技術が使われるライフスタイルや社会的な背景をつくる必要があるわけです.。つまり布教活動が必要になるわけですね。例を挙げれば、携帯電話。これは技術自体は昔からありましたけど、技術が開発された当時に電車の中でピポパポやっていたら、きっと相当な違和感があったはずですね。つまり、技術というのは、世の中に対して、その技術の使われ方を示していく必要があるわけですね。それともうひとつは、来場者、特に子供たちに体験してもらいたいということがります。ですから、こういったイベントや日本科学未来館での展示は、布教活動のようなものなのです。
ロボットを実際の生活に役立つものにしたいのですね?
はい、その通りです。私には、ある野望があるんです。私は、自分の仕事を未来をつくることだと言っているんですけど、それは決して無機質なロボットの世界ではないのです。また、これ以上に便利な社会を追求する必要もないと考えているんです。未来をつくる方法は、技術の外でできるものと、技術の内でできるものの2種類があります。ロボットで未来つくる場合には、当然、技術の内でできるものですね。その中で、私はふたつのことをしなければいけないと思っています。それは、環境に優しい技術をつくるということ、そして不自由を不自由でなくすことです。高齢化社会における介護、福祉、医療など、人間の尊厳を守りながら使えるロボット技術です。そして、技術の外でやることというのは、ベタなんですけど、教育です。やはり、社会を変えて、未来をつくっていくには、子供たちに体験を通して教えるのが、一番なんですよ。

今回、フューチャーされているHalluc IIというのは、どんなロボットか説明してもらえますか?
簡単に説明すると、多関節ホイール・モジュールを装備したロボットです。このロボットは、未来の自動車を想定して考えたもので、ビークルモード、インセクトモード、アニマルモードの3モードを切り替えることができます。どうして、そんなことをするのかというと、これは環境に優しい乗り物であるためなんです。もう自然を壊して、道路を整備してというのではなく、乗り物の方が環境に合わせていったらいいという発想がベースになった乗り物ですね。
ロボットというと、多くの人は人型ロボットを想い浮かべると思うのですけど、古田さんにとってのロボットって何でしょうか?
ひと言で言えば、「感じて、考えて、動く、かしこい機械」ということになります。ソフトウェアとエレクトロニクスとメカニズムの集合体がロボットになります。けっして、人間の形をしたものだけを指してロボットというわけではありません。例えば、今は、車などでもセンサーを使って縦列駐車をするものなどは、ロボットです。それから、センサーが付いている家なんかもロボット技術ですし、ホワイトバランスを自動解析したり、マクロモードから夜景モードまで自動切替をするカメラだって、ロボット技術を用いたものに数えられます。人間型ロボットというのは、そもそも、アニメ好きのロボット研究者が、こんなものつくってみましたというものでしかないのかもしれません。

作業に没頭するセンターのスタッフ

Halluc IIとそのコックピット
では、ロボット技術は、どのような用いられ方をするのが良いものだと考えていますか?
ロボット技術が、携帯電話のような生活必需品であってほしい。それは、つまり、不自由なものが不自由でなくなるものということです。実は、私は、中学生の頃に病気で、車椅子の生活をしていたことがありました。そのとき、車椅子の車輪が脚のように動いたらなあと思ったんです。誰にも手を借りずに、障害物をよけて、さらには歩けるような誰でも乗ってみたくなるような車椅子があったら、車椅子を使っている人であれば、誰しも欲しがるのではないかと考えたんです。そればかりか、誰もが憧れるような負のイメージのないインテリジェントで格好いい車椅子はないだろうかと。それは、車椅子の人にとっては、生活必需品としてのロボット技術になるわけですよ。
なるほど。ところで、古田さんご自身は車椅子の生活からどのようにして脱けたのですか?
これは奇跡としか言えないのですが、杖をついて歩く練習を必死にしていたら歩けるようになってしまったんです。もう余命数ヶ月を医者からも宣告されていた私のような患者が歩けるようになるのは、1万人に1人位の話です。私の体って意外に、いい加減にできているみたいですね(笑)。他にも、0.1以下だった視力が、何故か1.5になったり、体重が1ヶ月で30キロ以上も減ったりと、自分でも不思議になるような身体的な変化があるんですよ。

本当ですか。それは、非常に珍しい、聞いたことのない話ですね。では、そんな素晴らしい恩恵はやはりロボットの研究開発に注がないといけませんね。今後は、どんなことを計画されているのですか?
今、やっているのは、国土交通省と連動する形で行っているプロジェクトです。これは街のあちこちに赤外線マーカーや無線タグを埋め込み、コンピュータサーバに情報を集約、GPSが届かないような場所でも位置情報や店舗情報を発信するシステムを構築するというプロジェクトです。代表的なものとしては銀座四丁目周辺で、すでに実証実験が始まっていますが、今後、全国の主要都市で実証実験が行われる予定です。街に情報システムを偏在させロボットと連携させることにより、より安全・確実に便利にロボットを使うことが出来るようになります。
また、将来的には、組立てパソコンのように、規格化されたロボットパーツを買ってくれば、柔軟にいろいろなロボットをつくることができるようになると思いますよ。
なるほど、ユニークな試みですね。
私は、幼少時代(2歳から8歳)にインドで過ごしていたとき、ノーベル平和賞の候補になった日本人のお坊さんから教わったことがあったんですね。それが、「本質的なものは目に見えない」という考え方なんです。で、私がやりたいのは、大袈裟に言えば、ものづくり、ことづくり、ひとづくり、そしてよづくりです。で、それが、今やっていることに照らして言うと、ロボット技術というプラットフォームを整備していくことになります。『ナイトライダー』に登場するようなナイト2000のような福祉ロボットもつくりたいとは思っていますが、それは誰もが使えるプラットフォームを整備できてはじめて可能になることでしょうね。

ビークルモードでは、スムースな走行を見せる

脚の部分に注目!

脚が徐々に開いていく

インセクトモード、まさに昆虫のよう
そのナイト2000のような福祉ロボットについて、もう少し詳しく説明してもらえますか?
感じとしては、こんなロボットです。基本的にはロボットの車椅子になります。「東京駅まで行ってよ」、そう操縦者が言うと、東京駅まで連れていってくれます。そして、「この辺りにラーメン屋ないかな?」そう言うと、ラーメン屋を検索して、そこに連れていってくれます。また、顔認証の技術を用いる予定で研究開発を進めていますから、この技術を使って、リアルタイムにいろいろなことを認識できるようにもなると思います。乗っている人が70才位だとロボットが判断すると、メーターの文字を拡大する、といった使い方が考えられます。

SFの世界の、夢物語の話ではないというところが凄いですね。古田さんはロボット技術の研究のために、2~3時間しか睡眠時間を取らずに仕事に没頭しているそうですが、一体何が古田さんをそう駆り立てるのでしょうか?
私は、一度は死にかけた人間ですから、人はいつか絶対に死ぬということを体験として知っているわけです。で、死ぬ間際に、ああ、楽しい人生だったなあ、そんな人生が送りたいと考えています。人生の本質というのは、自己満足なんですよ。だから、自分が満足することをしたい、そう考えているんですね。
fuRo[未来ロボット技術研究所]
千葉県習志野市津田沼2-17-1

古田貴之
工学博士。2000年より科学技術振興機構のロボット開発グループリーダー。2003年6月より千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター所長。

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