
パソコンが普及し、文章を書くと言えば、キーボードタイピングが当たり前の時代。そんな現代にも万年筆のペン先をつくりつづけ、万年筆の愛好家から「万年筆の神様」と呼ばれている人物がいる。万年筆の世界、書き味を追い求める人生とは、どのようなものだろう?
取材:鈴木隆文

簡単にお仕事の内容を教えてください。
今は、ペン先の修理をする仕事をしとります。全国の販売店から修理依頼の注文が入るんですよ。そのペン先を私がつくっとります。普通の万年筆は長刀の形をしたペン先です。このペン先を研ぐんです。それから竹の万年筆シリーズの製作も手掛けとります。今は、定年退職をした立場でありながら、仕事をつづけておりますが、定年前はいくつかの商品を考案することも仕事しとりました。
万年筆というのは、値段も決して安くはないと思うのですが、ペン先をつくる作業というのは、どのようなものなのですか?
万年筆のペン先の全体の流れは、大まかには次のようになります。まず、金を溶解させて、火入れと圧延(圧縮して延ばすこと)を繰り返し、金を一定で均一の厚味にしていく作業があります。それから、ペンポイントを付ける玉付けという作業と玉研磨の作業があります。その次が、ペン先に割れ目を入れる鋸割という作業。この鋸割で、ペン先の弾力が決まります。そして、最後が、品質をチェックする鏡面研磨、羽布磨き、洗浄という工程を経て、仕上げられるわけです。


「クロスポイン」のペン先

「長刀エンペラー」のペン先
一体、どんなきっかけで万年筆の世界に入られたのでしょう?
もともとは私の伯父がこの会社(セーラー万年筆)に勤めておったんですよ。そのつながりで入ったんですが、私の中学校からは、25人くらい同時に採用されたんですよ。最初の3年間は、ペン先の玉(イリジウム)を荒削りして整える荒取り作業っちゅうのがあるんですが、こればっかりやらされてました。というのも、荒削りでいいものを、丁寧にペン先が左右対称になるように研いでおりましたからね。それで、先輩から、「荒取りは、長原にやってほしい」ってお願いされて、毎日毎日、荒取りの作業ばっかしとったんです。辛くって、「辞めたい辞めたい」といつも母に愚痴をこぼしていたんですけど、結局、そこで技術の基礎をみっちり覚えたんですよ。だから、今では感謝しとるんですよ。
その土台があるからこそ、高いレベルの技術が身についたわけですね。
技術という点ではね、海外の人なんかは本当に驚くんですね。アメリカにはね、シカゴとかニューヨークとかロサンゼルスという都市でペンショーというのが催されるんですね。ここには、約230くらいの業者が集まってくる、言ってみれば、万年筆の見本市みたいなもんですね。で、そのときに、『ペンワールド』という雑誌の社長さんが私のところに来たんです。で、8年位使っている万年筆を持ってきていて、「ペン先がちょっと狂ってる」と言うものですから、目の前ですぐに直してあげたんですね。普通、修理出してから、7日後とか10日後に、戻ってくるのが、あちらのやり方ですからね。「素晴らしい描き心地じゃないか。こんな修理を目の前でやるなんて。こんなのは見たことがない」ってひどく驚いていましたね。

万年筆で描かれた細かい線。万年筆で絵を描く人も多いという

万年筆のペン先のモデルを使って説明してくれる長原氏
長原さんがペン先をいじるだけで、そんなに描き心地って変わるものなのですね。
それは変わりますよ。ある時、万年筆で絵を描く画家の人がおりましてね。その人が、何だか同じような絵ばかりになってしまうから、何とか描きいい万年筆にしてほしいって、言ってきたんですね。そうしてね、絵を見せてもらったんですね。私は、「確かに、あんたの絵はふくらみがない。全部、線が単調でつまらない」、そう思った通りのこと言ったんですね。そしたら、画家が「じゃあ、先生、何とか、調整してみせてください」って、言うものですからね。私は、彼の絵を持って帰って、線がどういう風に流れているかを一本一本数えてみたんですよ。すると、彼の絵は線が非常に多いんですね。で、多い線を描きやすくするために、ペン先を「く」の字型に曲げてみたんですね。ほいだら、「何や、これは!」って、驚いてね。私が、「これなら、ヌード描くにも膨らみのあるええ線がでるじゃろ」って言ったら、ニタニタしながら喜んで持って帰っていきましたよ。スケベとスケベがふたり集まると、ロクなことがないですのう(笑)。でも、本当に、お客さんのドリームをいかにカタチにしてあげられるかというのが、この仕事の面白いところなんですよ。


長原さんは、『万年筆の神様』とまで言われ、独創的なペン先の考案をされて、数多くのヒット商品も生み出していますよね?
はい。たとえば、「クロスポイント」というペンは、従来のペン先の先端部にもう一枚ペン先が貼り合わせられて、インク溝が十文字に切られておって、インクだまりがあるものなんです。だから書き味としては、毛筆に近くて、インクをよく吸い込む和紙にも上手く書けます。私は、筆文字が好きですから、筆で描いたような文字が万年筆でも描けんじゃろうかというところから発想したものなんですよ。でも、そのクロスポイントだって、10年前と比べると進化をしています。それは、自分自身の成長の証なわけですから、やっていても面白いですよ。それから、「クロスポイント」を改良した「長刀エンペラー」は、お客さんの話を聞いて生まれた商品ですね。「速書きで、すぐインクが切れてしまって、字がかすれてしまう。どうにかならないか」、それがお客さんの要望でした。柔軟で新しいアイディアが生まれてくるのは、こうしたお客さんの不満や要望をよく聞けるからなんでしょうね。
50年以上も仕事をされているのに、それでもまだ面白いと感じる好奇心があるというのは、素晴らしいことですね。
この仕事での面白味はね、頭で考えていることが形にできることなんですよ。こうしたら、ようなるかな、とか。ああしたら、ようなるかな、とか考えるわけです。万年筆の場合は、一本一本みんな使う人の個性が出ます。よく「上手く書けないのは、あなたの使い方が悪いからだ」なんて修理者で言う人がいますけど、私はそういうことは言いません。本人には、よく書けるものでも、隣の人が書いたら、さっぱり書けないなんてことは当たり前。だから、女房にだって貸したらいかん。押さえつけて書かれてしまったら駄目になってしまいますからね。でも、細いペン先の万年筆を持ってきて、「太くしてくれ!」って、無茶な注文する人がいますね。でも、それでも、どうしたら出来るか、一生懸命考えながら、ペン先をつつくんですね。そうして、できると、「先生、あんた凄いね」という風になるわけです。ところが、こういうことは、他の修理屋に持っていっても、「この万年筆は古いから、もう諦めんさい」ってなってしまうわけです。



依頼主ひとりひとりと一生懸命に向き合うのは、なかなか根気のいることなのでしょうね。
こういう仕事をさせてもらって喜んどるのは、万年筆を通じて、心の痛み、悩みを感じている人の手伝いができるということなんです。依頼の来る、ほとんどの修理品には、手紙が添えられてくるんですね。ひとり中学生の女の子のために、ペン先をつくったことがあるんですがね、彼女は大人しい、暗い子だったんです。でも、書き味のいい万年筆をつくってあげたら、それで練習を随分したんでしょうね。ペン習字の賞に入選したんです。そしたら、その認められたことがきっかけで、凄い明るくなったという話もありました。また、想い出深い、お父さんの形見の万年筆を修理するという機会も多くあります。そういうときは、私は思った通りに言うんです。「あんたのお父さんは凄いお父さんじゃったね。この時代に、こんな高価な万年筆を手に入れようと思ったら伊達じゃなかったぞ。これはお父さんの男の勲章なんだぞ」って。たった一本の万年筆にも、深い親子の交流というものがにじんでいますからね。


まさに、人生を通じての仕事という感じですね。
もう50年以上もやっていますからね。会社を辞めてからも、この作業は辞められませんね。これを辞めたら、私は病気になってしまう気すらします(笑)。週末でも、つい手を動かしてしまいますからね。とにかく、創意工夫をしながら、一本一本の修理に当たれる、ペン先をつつく作業は、私に合っていますよ。とはいえ、一度は、カメラ好きが高じて、「仕事を辞めて、写真屋さんをやろう!」なんて思ったこともありましたけどね(笑)。でも、丁度その頃、全自動で誰でも簡単に撮れるカメラが市場にでまわりはじめて辞めましたけどね。細かい技術がいらない仕事なんて、面白くも何ともないですから。
セーラー万年筆・天応工場
広島県呉市天応西条2-1-63
長原宣義
1932年、広島県呉市生まれ、万年筆職人
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