
パイレックスガラスとは、理化学実験用に用いられることの多いガラスです。パイレックスガラスは、急加熱、急冷却に耐えるためさまざまな細工が施せます。梵我一如は、このパイレックスガラスを扱う若手職人ユニット。彼らはユニークなスタイルを取りながら、新しいものを生み出そうと日々、手探りをつづけています。
取材:鈴木隆文

パイレックスのガラスアートには、もともとどうして興味を持ったのですか?
僕は東京の大塚という場所に生まれ育ちました。高校卒業後、最初に勤めたのはコカコーラでした。自動販売機の中身を交換するという仕事です。1年間やりました。その後、父が運送会社に勤めていた関係で、その会社の現金輸送の仕事を紹介されました。その仕事は、給料が非常に良かったということもあって、6年間ほどやりました。そのとき、25歳だったと思います。その頃は、本当に毎日、鬱々としていました。本当に、この仕事をずっとやって行きたいのだろうか? そんな風に思っていたから、毎日が楽しくなかったのですね。本当に、自分は何をやっていきたいのだろうと、自問自答していたんです。そんなとき、誕生日に、友人から立体的なキノコが中に入ったガラスをもらったんです。それを見たときに、「あっ、これをやりたい!」そう思いました。それが、興味を持つきっかけです。
パイレックスガラスというものを簡単に説明してもらえますか?
パイレックスというのは、理科の実験で使うビーカーやフラスコと同じ素材、耐熱ガラスのことを指していいます。2,500度を超える火で練りながら伸ばしていき、いろいろな鉱物を混ぜます。そうすることで色が出てきます。そして、温度が下がると模様が現れるのです。このガラスが美しいのは、光の反射、透明性、屈折の妙があるからです。

パイレックスガラスをつくる技術はどうやって覚えたのですか?
興味を持った当初、パイレックスのガラスのアートの技術をどこで習うことができるのか、まったくわからなかったんです。それでも、友達から教えてもらって、富山県にSpiral Artsというパイレックスのガラスアートをやっているお店があることを聞いて、訪ねて行きました。行ってみると、ここが日本ではじめてパイレックスのガラスアートをやりはじめた人物によるお店だということがわかりました。そこから、何度か、そのお店を訪ねて行くようになって、徐々にコミュニケーションをはかる中で、ここの代表の高橋さんという人物が人間的にも信頼できる人物であるということがわかってきました。それで、「この人なら間違いないだろう」という判断の元で、弟子入りをさせてもらうことにしたのです。
都会の暮らしを捨てて地方に移ったわけですね。
元々、僕は東京生まれ東京育ちで、いろいろなところに住んで暮らしてみたいと思っていましたから、富山県に住むのも抵抗はありませんでした。この修行に当たっては、やはりお金も必要ですから、当面必要となるお金は貯金をして行きました。そして何よりもありがたかったのは、ある程度技術を覚えて、Spiral Artsに集まってくる生徒たちに教えられるようになった段階で、同工房の代表の高橋さんという人物が、少ないながらも給料を出してくれるようになったことでした。それに加えて、カラオケ屋でのアルバイトもしていました。結局、富山の方には合計で3年間住んでいたことになりますが、お陰で生計が立てられていたのだと思います。
流れに身を委ねた生き方が素敵ですね。
パートナーの真美に出会ったのも、この工房です。真美もパイレックスを習いたくて、この工房を見つけ出して、3週間滞在しにきていました。最初は、先生と生徒の関係で、パートナーの関係になったのはずっと後、真美が実家のある出雲に帰ってからのことでした。だから、最初は遠距離での恋愛だったんです。それで、ふたりでいろいろなことを話しているうちに出雲の真美の実家で、工房を持つという案があがってきました。真美のお父さんという人が、内装の仕事をしていて、さらに大らかな人で、工房設置するアイディアを後押ししてくれたということも大きな要因でした。
その思い切りの良さはどこから来るものなのでしょう?
富山に住んだ後も、いろいろな場所に住みたいという気持ちは相変わらずありましたし、このタイミングだったら島根県に住むのも悪くないと思うようになりました。真美も「悪いことはどんどん壁が来るけど、いいことにはどんどん道が拓けていく」ということを言っていて、それもそうだと思ったんです。僕自身も、これをやりたいっていう気持ちに従っていけば、そのワクワクする気持ちをサポートしてくれる人は絶対に現れると思ったんです。

暗がりで赤められたガラス

飴のような、美味しそうなツヤ

まるでたこ焼きのようにガラスを操る

ガラスを切る
では、作品づくりについて、こだわりというものはあるのでしょうか?
自分の中でのこだわりは、センターをしっかりさせるということでした。真ん中が突き抜けるようにすることが一番こだわりたい点です。いくつもの工程を重ねていくことで、はじめてこの形になりますから。少しでも間違えて、線が引けなかったりすると、最終形にすることはできても、売り物にはなりません。パターンと色を組み合わせれば、種類は何百種類にもなります。最近は、お客さんの目が、どんどん肥えてきていますから、新しいものをつくっていかなければいけないなと思っています。
今後は、パイレックスガラスアートというもので、どんな活動を考えているのでしょうか?
今のお客さんには、お店に置かせてもらったり、イベントへの出店をしたり、紹介された知り合いなんかに売ったり。もうすぐウェブサイトも起ち上げます。そうすれば、インターネットでガラスを売ることもできますからね。将来は、子供からご年配まで、幅広い層の人たちに教えながら、自分が気に入ったパイレックスのガラスアートをつくって、売っていけたらいいと思っています。自分でつくって、自分で売る。これは、ずっと基本にしていきたいですね。徐々に販路も増やして、自分たちのつくったものを置いてくれるお店を増やしていきたいですね。
梵我一如
出雲市湖陵町板津934-2
梵我一如(こういち & まみ)
昭和54年生まれ。昭和59年生まれ。パイレックスガラス職人。
5 コメント
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晃一君この記事面白いね!
地味だけど、沢山の人に紹介するときっとその中にファンになってくれる人が来てくれると思います。頑張れ!!
Posted by: 矢嶋新一 @ 1月19日2010年
This is great post! Tnx for sharing.
Posted by: Swing lyrics @ 5月20日2011年
Very Nice! makes me remind the coloured performance of the early pink floyd!
Posted by: christian louboutin @ 11月10日2011年
Awsome info and right to the point. I am not sure if this is really the best place to ask but do you guys have any thoughts on where to hire some professional writers? Thank you :)
Posted by: Hula Hop Allegro @ 1月18日2012年
I don¡¯t even know how I ended up here, but I thought this post was great. I don’t know who you are but certainly you’re going to a famous blogger if you are not already ;) Cheers!
Posted by: kindle e reader @ 1月18日2012年