
昔は鎌を使って草を刈る経験は、誰にもあったそうです。しかし、今やすっかり馴染みの薄いものになってしまった草刈り鎌。農家にとって、鎌は必需品でした。鎌の切れ味は、鎌によって大きく変わってきます。信州・古間の鎌には、刀づくりの鍛冶技術が込められているのだと言います。サムライスピリットが宿る鎌って、一体どんな鍛冶屋さんによって打たれているのでしょう?
取材:鈴木隆文
鍛冶屋になったのはどうしてですか?
オレは、中学校出てな、15歳からずっとこの道だよ。父親が鍛冶屋だったからな、そのまま親父について鍛冶屋になっちゃったんだな。古間(ふるま)で生まれて、古間で働いて、もうかれこれ55年くらいになるんかな。最初は、うまくできなくてな。ウチの親父は、自分の親だから言うわけじゃなくて、鍛冶の名匠でな。達人って言うのかね。凄く上手に、そして早く打つんだな。だから、オレが、最初につくったのなんか、「何年、鍛冶屋やってんだ」って、全部、捨てられてしまうんわさ。ようやっと、自分で上手に打てるようになったのは、3年くらい経ってからだろうかな。
鎌をつくるのに難しい点はどんなところでしょうか?
とにかく工程が多いからな。鎌をつくるのにも、随分といろいろな工程があるからな。だから、飽きずにこれまで続けてこられたっていうのもあるかもしれないな。覚えることが難しいから。覚えるまで、ずっとやらなきゃならないからな。「よし、やってみよう!」って気が起きたんでねぇの。
信州に伝わる打刃物は、どんな起源を持つのでしょうか?
古間っていうところは、川中島の合戦のとき上杉謙信がここを通ったことで知られていてな。そのときに従軍していた鍛冶屋がどういうわけか、ここに居着いたらしいな。今、流行りの「風林火山」だ、450年も昔の話だな。鍛冶をはじめて、それで、古間は打刃物で知られるようになっただな。
古間鎌の特徴は、どんな点にありますか?
今は打刃物の中には、そば切り包丁だとかナタだとかもあるな。オレがやってる古間の鎌は、信州鎌とも呼ばれていてな、重いけどよく切れるんだな。これで草を刈ると、草の方から手元に引き寄せられる感触があるんだな。他の鎌だと、すぽんっと抜けるばっかりだから。ここまでの形を生み出すのに、昔の人はいろいろ工夫したんだろうな。でも、鎌の中では、値段が高い方だからな。 この刃の部分が細いのが特徴でな、ここが糸を引いたみたいに真っ直ぐなっているんだ。
他産地の鎌とは何が違うんでしょうか?
一人の職人が、最初から一枚の鎌ができるまで作業するってのは、他産地の鎌とは違うな。地鉄、鋼付け、地切り、磨きから、最後の仕上げまでな、いっぺぇの工程があるんだ。好きじゃなきゃ、やってられねぇな。全部、手作業でやるからな。それから鍛造をしているのも他の産地と違う点だな。要するに、赤めてはたいているんだ。そうすっと、鋼の質ってもんが全然違って、丈夫になってくるんだ。それを鎌のカタチにする工程が、一番難し工程だろうな。ところが他産地へ行くとね、鉄板みたいに延ばしてしまうんだね。それをプレス機で抜いていくんだからな。ああいうやり方のほうが、効率はいいんかもしれないな。でも、たまに信州鎌じゃなきゃ嫌だって、言う人がいるからな。駄目なら駄目でやめるんだけどな。「欲しい」って言う人がいるから、だから困ってんだな。
普段、仕事は何時頃からはじめられるのですか?
朝は、大抵5時頃から仕事をはじめるんだな。それで、お昼の12時頃まで仕事をして、3時までは昼寝するんだ。そこから夜の8時くれぇまで、また仕事してな。今でこそ、暇なもんだから、ゆっくりしか仕事しないけれどな、昔は、これを早く上手くやらなきゃいけんかったな。辛いとか、そういうんじゃなくてな。やるしかねぇからな。休みの日だって、仕事してねぇと落ち着かんでな。仕事してしまうんだな、結局。
早朝5時!からシゴトをするんですか、冬は大変ですねー。
ここは冬は寒いんだ。零下15度くれぇかな。この工場のまわりなんかな、雪に埋もれてしまうからな。「ちょっと窓から空でもみっか」なんてわけにはかねぇんだ。窓がふさがれちぁうから。毎年毎年、雪が積もってな、道を確保するのが大変なんだ。だから、冬は朝、いつもより1時間早く出なきゃならねぇんだな。雪片付けして、道をつくってから車出さなきゃならんからな。それから、この工場は寒くてな。鍛冶屋だから、火使っているから暖かいかというと、そうじゃなくてな。ここからは、一酸化炭素が随分と排出されるからな、空気が悪くて、戸を閉め切ってなんて、とてもじゃないけど、おられんからな。だから、それでも冬は、雪で塞がれているから、空気が悪いし、寒いしでな、呼んだお客さんは、大概、長い時間はいられずに帰っていってしまうんだな。オレは体が慣れてるから、ガスに強いんだな。
今、古間には鍛冶屋は何軒くらいあるのでしょうか?
ここの鍛冶職人の数は随分と減ったなぁ。今は、20件くれぇじゃねぇんか、この辺りで鍛冶屋やっているのはな。昔は、200件くらいの鍛冶屋があったんだけどな。隣近所みんな鍛冶屋っていう感じでな。古間という地は、随分と栄えていたんだ、その時分はな。そこの通りにも、随分と沢山のお店があったんだ。だから、長野市からわざわざ、ここまで買い物に来る人たちもあったくらでな。

工場の中には轟音が響き渡る

黙々と作業に明け暮れる山崎氏
鍛冶屋が減ってしまった原因というのは何だったのでしょう?
一番には、昭和の40年代に国がやった減反政策だな。あれで、農家が減っちゃったもんだから、草刈り用の鎌を買う人がいなくなっちゃったんだな。だから、みんな、仕事を別のものに変えてな。オレが変えなかったのは、なんでかな。これしかできんしな。今、この仕事は、難しい仕事だろうな。最近じゃ、鉄も高くなったからな。中国がみんな買っていっちゃうからな。鉄屋さん(製鉄メーカー)も、オレっちに、ちょびっとだけ質の高い、手間の掛かる鉄を売るよりは、質が悪くても高くたくさんに売れる鉄を売った方がいいだろうからな。最盛期の頃にぁ、一日に30枚くらい打っていたんだけどな。今じゃ、もうその半分以下だからな。
なかなか厳しい現状のようですが、「希望」があるとするとどのようなことでしょう?
希望は、技術を習いたいって人が、たくさん問屋さんのところに来るということかな。今は、除草剤もあるし、芝刈り機もあるけどな、やっぱり古間の鎌はよく切れるから、欲しいっていう人は後を絶たないんだよ。

信州打刃物工業協同組合
長野県上水内郡信濃町富濃

山崎利敬
昭和12年(1937年)長野県古間生まれ。古間中学校卒業。中学三年より鍛冶職人。趣味、花いじり。

7 コメント
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